(過去ログ No.12428より)
根石
近頃はさ、まあ、夜中の12時頃だけど、英語の仕事終わると、そのまま素直に寝れるんだ。一風呂浴びてから寝るってこともあるけど、そのままへたり込むみたいにというか、泥の中に転がり込むみたいに寝ちゃうときもあって。百姓やり始めたおかげで、朝方まで起きてるってことがなくなってきて・・・
村田
今はもう起きてないんですか。
根石
寝ちゃってることが多いな。体くたびれるからなんだけど。英語のレッスンがない日でも百姓はやって、夜になるとお湯に行って長々と入ってくるから、レッスンやる日より余計眠れる。
村田
温泉に入って眠くなる・・・。亀の湯ですか?
根石
そう、亀の湯。昼間、雨かなんか降ってると、とっておきの湯=国民温泉だな。最近は百姓やりながら、思ったり考えたりしていることが多くて、考えたことを書きとめとくとか、それをきっかけにして何か書き始めて展開していくことが全然できないって状態なわけだ。だから、喫茶店で何か村田君を相手にしゃべって、それを簡単にテープ起こしして、「大風呂敷」用の語学論の記事にしてみたいというのを考えついたわけだ。だけど、この間、夜寝れなかった時があったから日録書いたけど、あれは何時頃書いたか、夜中の2時か3時頃だったような気がするけど、書きたくなればああやって書くこともするけど、前に、「英語どんでん返しのやっつけ方」でやったみたいに、村田君を相手に何かしゃべって、テープ起こしするみたいなやり方が、百姓仕事と組み合わせていくにはいいかなと思っているんだ。松岡さんに吉本隆明の「状況への発言集成」っていう三冊本を送ってもらって読み始めて、布団に横になって寝る前に読んでるんだけど、読み始めるとすぐに寝ちゃう。だから、一冊読むのにものすごく時間かかる。一冊読むのに10日とか下手すりゃ20日もかけてる。
村田
いつもはどのくらいで読むんですか。
根石
そりゃたてつづけに読んでれば、一日で一冊読んじゃうようなこともあるよ。だけど、今はそういう読み方ができない。それから、ここ1、2年は、ごみの問題で時間をとられてきちゃったんだけど、つくづくくたびれたというか、語学論の方をもっとやりたいって気持ちがある。
村田
掃除とか洗濯しながら、ネタを思いついたんで書きとめてあるんですけど・・・
根石
あ、書いてある?
村田
「大風呂敷」の方にはまだ書いてなくて、メモとして書きとめてあるだけなんですけど・・・
根石
そうやって書いてくれたりして、何かきっかけでも作ってくれれば、それをきっかけにして俺も書くってことになることもあるだろうけど、今はそれもままならないなあ。あのさ、俺の言ってきたことで「磁場」ってのがあるじゃん?
村田
はい。
根石
そんな「磁場」みたいな言い方したところで、「それがいったい何なんですか?」みたいな反応ばっかりだという感じがある。
村田
そうですね。
根石
自分で「磁場」ってことを言い出したんだけど、自分でも「これでいったい何を言ってきたのかな」と思うときもあるわけだ。先に核になることを言っちゃうと、これ、言語が「生きてる」とか「死んでる」という問題を言ってるんだと思うんだよ。言語が生きてる場所ってのを「磁場」って言ってきたわけだけど、そこに生きてる言語ってのは、「話し言葉」であったり、「書き言葉」であったりするわけだ。で、どうなんだろう、「話し言葉」ってのは、俺が言ってる「磁場」に、もろそのまんま「生きてる」。それに対して、「書き言葉」ってのはさ、「磁場」が人間の意識にとりこまれた後のことっていうかさ・・・
村田
はあ。
根石
だって、「書き言葉」なんて、普通一人だけでやるもんじゃん。だから、「話し言葉」の中で一番「書き言葉」に近いのは「独りごと」だよ。
村田
はいはいはい。
根石
「独りごと」ってのは、現象的にはあくまでも「話し言葉」だけど、相手もいないし、第三者もいないし、社会的な広がりと重なってるものとしての「磁場」に対しては閉じてるわけだ。歴史的にはどうだか知らないけど、一人の人、個人ていう場では、「話し言葉」が「独りごと」化して、次に「書き言葉」になるような気がする。で、「書き言葉」には「磁場」はないのかっていうと、明らかに「磁場」はあるんだ。だけど、「磁場」が生じる場所っていうのは、あくまでも一人の人間、個人の意識という場所だけだよな。一人の意識の中に「話し言葉」の体験の堆積で濃縮された「磁場」というのかな。意識が「磁場」そのものなんだよ。
村田
うん、うん。そうです。
根石
それまでの生活過程とか育ってくる過程とか、話し言葉や書き言葉を全部含めた上でのあらゆる言語体験とか、そういえば、「読み言葉」ってのもあるしな。
村田
「読み言葉」?
根石 「読み言葉」や「聞き言葉」は、「発語」じゃなくなるわけだ。「話し言葉」に対して、「聞き言葉」が成り立つように、「書き言葉」に対して、「読み言葉」ってのが成り立つ。おおまかに言えば、これまで「話し言葉」って言ってきたもののレベルには「聞き言葉」も含まれてるよとか、「書き言葉」って言ってきたレベルには、「読み言葉」も含まれてるよってことになるけど、四つをわざわざ別々に考えれば、「話し言葉」や「書き言葉」は、あくまでも発語の言葉であって、「聞き言葉」や「読み言葉」には「発語」ってのはないわけだ。
(続く)