「英語どんでんがえしのやっつけ方」より


・語学の英語と生活言語としての英語は別物

 語学をやることの意味は、イメージを鍛えていくことにあると私は考えてきました。コミュニケーションをやかましく言う前に、イメージを鍛えることが大事なのだと言い続けてきました。
 国際化を言い、英語をコミュニケーションの道具ととらえてきた人たちの多くは、これまで、語学の対象としての言語と生活言語を地続きのものと考えてきました。それは本当は地続きではありません。英語関係の本は非常に多いのですが、語学の言語と生活言語の違いに意識的な本はほとんど見あたりません。
 この二つの領域は本来まったく別のものであって、ひとまず生活言語から切り離された語学独特の領域というものがあります。
 日本人が日本に暮らしながら英語をやる場合は、あくまでも語学をやるのであり、語学の英語を生活言語と地続きだととらえないほうがいいのです。ひとまずは語学特有の領域で、意識的に激しく語学をやるべきです。そして、生活言語に渡ったときは、語学を忘れるべきであり、忘れなければなりません。生活言語であるべき場面で、英語を語学の対象にすることは、相手にとって非常に失礼なことです。(略)
 語学の言語は、その「あふれ」として、生活言語に渡ることができますが、(略)本来別々のものを地続きに考えているコミュニケーション論者の声がやたらに大きい今は、その区別をはっきりさせることの必要も同時に大きいのです。

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