英語を勉強しようと思い立った人たちの多くは、英語学習本を買ってきて自分で学ぶ
か、英会話学校に通う方法を選ぶ。とはいえ、英会話学校の授業料は決して安くはないので、大部分の人々は取り敢えず書店で英語学習本を手に取ることになる
はずだ。これを読んでいる読者の中にも1冊2冊は英語学習本を読んだことがある人は多いだろう。
だが、巷にはあまりにも多くの英語本が溢れかえっていて、何を頼りに選べばいいのかがわからないというのが実情ではないだろうか。まして初心者がその中
から1冊を選ぶとなればかなりの困難を伴う。
そこで少しでもその作業の参考になればと思い、ここでは、最近出版された英語本や、何冊も英語本を出している英語学習指導者の著作から9冊の英語本を取
り上げ、その中身を検証してみた。
詳細は各書評に譲るが、全体を通じて言えることは、それぞれノウハウはあるが英語学習の原理的な部分を押さえている本は非常に稀だということだ。これは
ここで挙げた9冊だけの話ではない。
私は25年間英語学習塾を主宰しているが、その経験から言って、英語学習には押さえておかねばならない原理がある。それは、「日本で英語を学ぶとはどう
いうことか」という点を考えた上の学習法でなければならないということだ。
留学などの海外生活を通じて英語を身に付けた人が書いた英語本に顕著だが、こうした人々は周囲に英語が溢れた環境、つまり「英語の磁場」で英語を身に付
けており、磁場がない日本の環境のことを考慮していない。仮にこの人達と同じ学習法をしても、磁場のあると無いとでは効果は全く異なる。また、日本語を学
んだ外国人が自分の日本語学習経験から日本人の英語学習を提言する種類の本もあるが、これも彼等は「日本語の磁場」である日本で日本語を身に付けたわけ
で、「英語の磁場」のない日本で英語を身に付けるのとは訳が違う。
つまり、参考にすべきは日本にいながら英語を身に付けた人の本なのである。
だが日本で英語を学んだはずの人が書いたものでも、この原理を踏まえているのは意外に少ない。今回読んだ9冊の中では國弘正雄氏の著書がもっとも原理を
押さえていて、これは初心者から上級者まで役に立つだろう。中級者以上には遠藤尚雄氏の著書も薦められるが、他は残念ながら、この原理が踏まえられている
とは言い難い。
先ずは1冊でもやり遂げることが肝心
本を選ぶ前に理解しておいてもらいたいのは、英語本を読んだだけでは決して英語力は身に付かないということである。当たり前の話だが、ここを誤解してい
る人は意外と多い。日本にいながらにして英語を身に付けた人は大勢いるが、彼等はそれぞれが厳しく英語を勉強した人たちである。本を買い込むだけで使い込
んでいない人は英語を諦めた方が良い。
英会話学校も同様で、通って外国人と接していれば風邪がうつるように英語がうつると思っている人がいるが、それは幻想だ。英会話学校の中で英語を話せる
のは教師一人であって生徒は満足に英語を話すことができない日本人なのだから、そこには英語の磁場は存在せず、英米に留学するのとは全く異なる。
余談だが、私は英会話学校は上級者になってから通うべきだと思っている。ある程度話せれば講師と友達になることも可能で、そうなればあとは友達として無
料で英会話ができるからだ。
英語力を身に付ける方法というのは自己の努力以外にはあり得ない。つまり、英語本も英会話学校も英語を勉強する単なるきっかけにしか過ぎないのだ。
英語本で勉強したいと思う人は、本の取捨選択で悩む前に、先ずは自分が気に入った本を1冊きちんとやり遂げて欲しい。厳しく英語と向かい合っていくうち
に色々と工夫をしたり、自分なりの勉強法は身に付いてくる。それが身に付けば自然と英語本の善し悪しも見分けられるようになってくるはずだ。それをしない
で英語本を買い漁ったり英会話学校に行っても、出版社や学校の「餌食」になるだけだ。
英語の勉強法とは人それぞれであり、これだけやっておけばいいというものはない。英語本はあくまでも自分なりの勉強法を確立する上での参考にすべきもの
だと思う。
私は効率よく英語を身に付けるための手法を考え、それを塾で教えている。私は、英語を上達させる技術的な基礎は口の筋肉の使い方(正確さ、強さ、なめら
かさなど)にあると考えているのでそこを鍛えることを第一に置いた指導を行っている。また、塾に通えない方たちのために電話でのレッスンも執り行ってい
る。方法などについて知りたい方は拙著『英語どんでんがえしのやっつけ方』か、私のホームページを御覧頂きたい。
英語学習において一つだけ確かなことは、楽しく身に付けることなど出来ないということだ。英語をものにしたいと思ったら「やっつけてやる!」「殺してや
る!」くらいの意気込みを持って努力を続けて欲しい。英語学習は「急がば回れ」が基本なのである。
「英
語の話し方」(たちばな出版)★★★★★
國弘正雄著 ─── [初心者向け][中級者向け][上級者向け]
日本語がまっとうであるところが、多くの英語本が時に読むに堪えない日本語を載せて平気でいるのと非常に対照的。平気で雑な日本語を書く者の英語の言語
感覚は実は知れたものなのである。初心者は、まず何をおいてもこの本を読むべきであろう。この本の根本は、著者が「只管朗読」と呼んでいる声を使った練習
と繰り返し。こうした泥臭い練習が英語習得には必要であり、著者が英語の達人にして英語の初心者のことをよくわかっている点が窺える。きちんと原理が押さ
えられており、中級者以上の人にも参考にすべき箇所が多々ある。英語なんかに興味はないという人にでも、何か一つのことをやり遂げるとはどういうことかを
教えてくれる本としてお薦めしたい。
「英
語は独学に限る」(主婦の友社)★★★★☆
遠藤尚雄著 ─── [中級者向け][上級者向け]
英語言語係数(日本語と英語の言語としての近さ)0.3という基準の設定が面白い。これが、非常に多くの人が乗り越えられないでいる壁の存在を指し示し
ている。この壁を越える唯一の方法が「多読」だと言う。また、「英語をとにかく聞き続ければ、聞こえるようになる」という迷信を否定し、「一つの英単語に
英和辞典はいくつもの訳語を載せているが、基本となる原義をつかめ」という主張もある。「英語脳」と「多読」との相関関係の説明は、わかりやすく有益で、
この本の白眉といっていい。欠点は、初心者がたどる非常に長いプロセスを、簡単に乗り越えられるようなものととらえてしまっている点。このプロセスを忘れ
てしまい、見えなくなることが達人の欠点である。
「40
歳からの英語独学法」(講談社)★★★★☆
笹野洋子著 ─── [初心者向け]
著者は翻訳をやりたくて英語を勉強した人で、この本で説いているのは、「音読」「多読(読書)」「ヒアリング」という方法である。この本に従えば、受容
型の英語はできるだろうが、渡り合うための発信型の英語力を作るにはあまり向いていない。少なくとも50回は音読せよという主張は極めて真っ当なものだ
が、間違った音法の防ぎ方はこの本からは得られない。安く複製音声教材を使うための具体例はうまく語られており、MDを使って教材を自作するやり方は非常
に役立つだろう。あくまで語学を体験的に語る本で、楽に読めるところが利点ではあるが、体験の範囲から抜けて、語学を原理的に押さえることができていない
点は残念である。
「究
極の英語学習法」(アルク)★★★☆☆
国井信一・橋本敬子著 ─── [上級者向け]
日本企業のアメリカ駐在員が英語で苦しんでいる現実に対応しようと、通訳の訓練法を応用した学習システム。主要な練習はシャドウイング(まね)で、これ
はひたすらネイティヴ音に自分を従わせる方法である。このシステムを使用するにはかなりの構文力と語彙力が必要で、適しているのはTOEIC750点以上
の人たち。初心者には薦められない。スラッシュ・リーディング、ノート・テイキングなどは参考になるが、かなり高レベルな話で、「英語をなんとかしよう」
という人にとっては、ひとまず無縁な話としておいた方がいい。この本は、ネイティヴ感覚のコピーを作り出すことはするだろうが、ネイティヴ感覚を媒介にす
る語学的主体を育てることはしないだろう。
「話
すための英語」(PHP研究所)★★★☆☆
井上一馬著 ─── [中級者向け]
現代英語の語彙、熟語集としての質は悪くなく、音読や多読の過程を経てから、知識を整理するためにはいい本。英語音のベースができている人が使うとい
い。だが、音法もできていないのに、知識として暗記しようとして使うと、駄目な学校英語、受験英語の踏襲となるだろう。そうした初心者にとって毒になる可
能性を一切隠しているという点に、ものごしの柔らかい親米紳士のずるさのようなものを感じてしまう。著者の井上氏は多数の英語本を出しているが、氏の日本
の英語教育改革への提言は、日本には英語の磁場がないことをきちんと組み込んでいないため、個人的には今ひとつ信頼できない。
「英
語は絶対、勉強するな!」(サンマーク出版)★★☆☆☆
鄭讃容著 ─── [中級者向け]
韓国で出版された本の日本語訳。楽して語学ができると言っている本ではなく、むしろ闇雲に激しくもがけと言っている本だ。最初に英語の音のシャワーを浴
びろ、次にディクテーション(口述)をしろとする主張は比較的まともだが、ディクテーションの結果が正しいかどうかを英英辞典だけで調べろというのは無
茶。調べる事が出来るなら、既にスペリングを正しく知っているということで、それなら調べる必要も初めからない。
このあたりが、実に嘘くさい。上級者の最大の欠点は初心者のことがわからなくなることであるという実例である。とはいえ、日本の英語本のほとんどすべて
が、同じようにこの欠点を抱えているので、この本だけを責めることはできない。
「英
語は3秒で話せ!」(中経出版)★★☆☆☆
ソニー(株)教育事業室 ─── [初心者向け]
日常会話で用を足すだけの英語の非常に多くが3秒程度に収まってしまうというところに目を付けたアイディアで、1回言うのに3秒程度に収まる例文を集め
たところにこの本の独自性がある。別売りのCDもあるが、ただし単にCDを聞き込むだけに終わるのではなく、この例文を繰り返し音読することをお薦めす
る。そうすれば基礎的なテキストとしてこの本は好適だろう。まったくの初心者でもこの本からなら始めることができる。この本では、あくまでも口慣らし、地
均し程度までの到達度しか得られないであろうが、初心者に必要なのはまさにそれである。海外に行ったソニー社員の英語にまつわる小さな話がところどころに
挿入されていて面白い。
「英
語で日記を書いてみる」(ペレ出版)★☆☆☆☆
石原真弓著 ─── [中級者向け]
著者は、アメリカ在住経験があり、アメリカから英語を持ち帰った人。過去に「ネイティヴの日常会話が3時間で身につく」(明日香出版社)というでたらめ
なタイトルの本を出している。英語で日記を書くというアイディア自体は悪くなく、それを5年連用日記でやるというアイディアは卓抜である。だが、それ以外
は知識の羅列にすぎず、受験参考書の作り方を一歩も越えていない。語法や例文を、日本人が日本在住のままに、どう口で扱い、どう耳で扱い、どう頭や心で扱
うのか、さらにどう生活言語に接続させるのか、そんな知恵はどこにもない。読者はあくまでも自分の語学の媒介物として、語法や例文だけを扱い、著者のネイ
ティヴ天下り感覚は却下してあげるのがよい。
「ブ
ロードバンドで学ぶ英語」(光文社新書)★☆☆☆☆
ジョナサン・ルイス著 ─── [上級者向け]
インターネット・ラジオの活用による英語習得法を提言した本。しかし、インターネット・ラジオをつけっぱなしにしておけば、必ず語学力のアップにつなが
るというような謬見もちらほら見受けられる。たくさん聴く事は大事だが、たくさん聴けば英語がわかるようになるというのは単なる迷信。「音読」という過程
をとばして、いくら長時間聴いても英語の聴解は成立しない。著者自身が日本で日本語を学んだ時に効果があったとして日本人の英語習得にインターネット・ラ
ジオを使ったディクテーション(ちなみに毎日10〜15分がよいそうだ)を勧めているが、磁場の有無を無視した語学論は無効であろう。